大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(ネ)492号 判決 1973年10月18日

控訴人(原告)

戸森タカ子

ほか一名

被控訴人(被告)

井出清已

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人戸森タカ子に対し七四万八、六四一円および内金六八万八、六四一円に対する昭和四五年一〇月二八日から右支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員、控訴人戸森泉に対し一〇四万九、〇六四円および内金九五万九、〇六四円に対する右同日から右支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人、その余を控訴人らの負担とする。

この判決は、控訴人ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人戸森タカ子に対し六五四万一、一五〇円および内金五九五万一、一五〇円に対する昭和四五年一〇月二八日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員、控訴人戸森泉に対し九九〇万二、三〇〇円および内金九〇〇万二、三〇〇円に対する昭和四五年一〇月二八日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。当審において拡張された請求を棄却する。当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目―記録一三丁―裏初行の「自動二輪車」とあるのを「原動機付自転車」と改め、原判決六枚目―記録一七丁―表五行目の「第九号証の一ないし四」の次に「(右四枚の写真は、いずれも昭和四五年四月頃本件事故当時戸森隆夫の運転していた車両を撮影したものである。)」を、同六行目の「供述。」の次に「乙号各証の成立を認める。」を、同八行目の「供述。」の次に「甲第一、第二、第四ないし第六号証の成立を認める。同第三、第七、第八号証の成立は不知。同第九号証の一ないし四が控訴人ら主張のとおりの写真であることは不知。」を加える。)。

一  控訴人ら代理人は、次のとおり述べた。

(一)  本件事故により蒙つた控訴人らの損害に関する主張(原判決事実摘示中原告等の請求原因三ないし六)を、次のとおり改める。

三 本件事故により亡戸森隆夫および原告(控訴人)らの蒙つた損害は、次のとおりである。

(一) 亡戸森隆夫は、本件事故による負傷の応急処置等を受け、その費用等一万九、四六〇円を要した。また、同人は、本件事故当時二九才の健康な男子であり、昭和四二年四月一二日以降昭和運輸株式会社高崎営業所に勤務して収入を得ていたが、昭和四六年賃金センサスに基づき全産業における二八才相当の男子労働者の年収を平均給与月額および年間賞与その他の特別給与額によつて算定すると一〇六万四、〇〇〇円となるから、右収入を基準に生活費分三〇パーセントを控除し、稼働年数六三才まで三四年間として、ホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除して、その逸失利益総額の現価を算定すると一、四七八万三、九九〇円となる。

よつて、隆夫は、本件事故により右合計一、四八〇万三、四五〇円の損害を蒙つたこととなる。

(二) 原告タカ子は隆夫の妻として被告(被控訴人)に対する右(一)の損害賠償債権の三分の一、原告泉は隆夫の子として右損害賠償債権の三分の二を相続した。

(三) 原告タカ子は、隆夫の葬儀費用二〇万円を支出した。

(四) 原告タカ子は、本件事故により三二才で寡婦となることを余儀なくされ、爾来当時三才であつた原告泉をかかえ、実兄の援助を受け、会社勤めを続けながら生活苦とたたかつている実情にあり、夫を奪われた苦痛は筆舌につくしがたいものがあるから、慰藉料は二五〇万円が相当であり、原告泉についても、本件事故により父を奪われた苦痛を慰藉するためには、慰藉料二五〇万円が相当である。

(五) 原告らは、本件事故に基づく自動車損害賠償保障法による保険金として五〇〇万円を受領し、ほかに、被告から五万円を受領したから、右合計五〇五万円を原告らの前記相続分の割合に従つて前記(一)、(二)の損害賠償債権の弁済に充当する。

(六) 右によれば、原告タカ子の損害は、(一)の隆夫の損害賠償債権の相続分三二五万一、一五〇円((一)の一、四八〇万三、四五〇円の三分の一である四九三万四、四八三円から(五)の五〇五万円の三分の一である一六八万三、三三三円を控除した残額)、(三)の葬儀費用二〇万円および(四)の慰藉料二五〇万円の合計五九五万一、一五〇円、原告泉の損害は、(一)の隆夫の損害賠償債権の相続分六五〇万二、三〇〇円((一)の一、四八〇万三、四五〇円の三分の二である九八六万八、九六七円から(五)の五〇五万円の三分の二である三三六万六、六六七円を控除した残額)および(四)の慰藉料二五〇万円の合計九〇〇万二、三〇〇円となるところ、被告は右損害賠償債権を任意に弁済しないので、原告らは原告ら代理人に本件訴訟を委任し、手数料として各自請求額の一〇パーセント相当の金員を支払う旨を約したから、右金額は原告タカ子が五九万円原告泉が九〇万円となる。

四 よつて、被告に対し、原告タカ子は、以上合計六五四万一、一五〇円およびこれから三の(六)の弁護士費用五九万円を除いた五九五万一、一五〇円に対する本訴状送達の翌日である昭和四五年一〇月二八日から支払いずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、原告泉は、以上合計九九〇万二、三〇〇円およびこれから三の(六)の弁護士費用九〇万円を除いた九〇〇万二、三〇〇円に対する右本訴状送達の翌日から支払いずみにいたるまで右同様の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被控訴代理人は次のとおり述べた。

(一)  控訴人ら主張の請求原因三(当審において改められたもの)の事実中、戸森隆夫が本件事故による負傷の治療費等一万九、四六〇円を要したことおよび原告(控訴人)らが隆夫の相続人であることは認めるが、その余はすべて争う。

(二)  控訴人らは、一審以来当審においても、当初隆夫の逸失利益を算定するにあたつて、同人の死亡当時における具体的な収入額を基礎にしており、これをめぐつて証拠調べが行なわれ、審理が尽くされていたのに、突如として賃金センサスに基づく労働者の平均収入額を基礎として将来の得べかりし収入額を算定すると主張することは、時機に後れた攻撃方法であつて許されない。

(三)  しからずとするも、金銭獲得能力には個人差があり、被害者の死亡当時の収入額が判明している場合には、その額をもつて将来の得べかりし収入額算定の基礎とすべきであり、右死亡当時の収入額が賃金センサスによる労働者の平均収入額より低い場合には、前者によらず、後者をもつて算定の基礎とすることはできない。

三  〔証拠関係略〕

理由

一  亡戸森隆夫が昭和四四年一二月一一日午前七時三〇分頃高崎市岩鼻町三一五番地先国道一七号線道路上を原動機付自転車を運転して東京方面から長野方面に向い進行中、転倒して骨盤粉砕骨折の傷害を受け、そのため同日午前九時三〇分頃死亡したこと、控訴人タカ子は隆夫の妻、控訴人泉は隆夫の子であることおよび被控訴人が大型貨物自動車を所有し自己のためこれを運行の用に供しており、前記隆夫の負傷当時右自動車を運転し、隆夫の運転する原動機付自転車の右側を同方向に向い並進していたことは、当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、隆夫が前記傷害を負うに至つたのは前記原動機付自転車を運転中右肘部分が右側至近距離を走行していた被控訴人の運転する前記大型貨物自動車の左後車輪に接触したため運転を誤り、前記国道左側に設けられていたガードレールの先端に激突して転倒したことによることが認められる。

二  右事故発生に際し被控訴人が自動車の運転につき注意を怠らなかつたとのことは、被控訴人の全立証によつてもこれを認めるに足りない。かえつて、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。すなわち、本件事故の直前、被控訴人は前記大型貨物自動車(以下加害車両と称する)を運転し、本件事故現場の東方約一一五メートルの岩鼻交差点を青信号とともに発進して、前記国道を時速約四〇キロメートルで西方の本件事故現場方向に向い、他方、隆夫は、前記原動機付自転車(以下被害車両と称する)を運転して、本件事故現場の東方約三五メートルの地点で南方から丁字型に国道と交差する道路を経て、国道に左折進入し本件事故現場方向に向い、ここに、被害車両は、国道左側部分上加害車両のすぐ左側をほぼ同一の速度で並進する状態となつた。国道上の本件事故現場付近は、道路両側に断続的に設けられているガードレールによつて歩車道の区別がなされ、国道中心線から道路左側のガードレールまで(左側車道部分)の間隔は四・二メートルないし四・五メートル程度であり、他方加害車両の車幅は二・四八メートル、被害車両の車幅は〇・六四メートルであり、本件事故当時、加害車両の走行位置は右中心線をこえてはいなかつたから、被害車両が加害車両の左側を通行しうる余地は、幅一・七メートルないし二メートル程度を出てなかつた。被控訴人は、加害車両にとりつけられている左側バツクミラー等により確認し得るにかかわらず隆夫が加害車両との接触により転倒するまで被害車両の動静に全く気付かず、被害車両が道路左側のガードレールに激突した音によりはじめて被害車両の存在および事故発生に気付き、漸く加害車両を停車させるにいたつた。以上の事実が認められる。右事実によれば、被害車両は、時速約四〇キロメートルで疾走する加害車両と前記ガードレールとの間その幅一・七メートルないし二メートルの部分を加害車両とほぼ同一の速度で並進したのであり、このような場合、被害車両の運転者は、加害車両の進行に眩惑されて、ハンドル操作を誤り、加害車両もしくはガードレールに接触して事故を発生させるおそれが大きいのであるから、加害車両を運転する被控訴人としては、隆夫が前記丁字型交差点において国道上に進入しようとするにあたり、または、同人が並進を始めた際、同人にいち早く気付き警笛を鳴らして警告を与え、さらに被害車両の動静に留意し、必要があれば減速する等の措置をとり、もつて事故の発生を未然に防止すべき義務があつたものといわなければならないのに、隆夫がガードレールに激突するまで被害車両に全く気付かなかつた被控訴人は本件事故の発生について過失あるを免れないものというべきである。よつて、被控訴人は、控訴人らに対し右事故により生じた損害の賠償をなすべき義務があるものといわなければならない。

三  そこで、右損害の存否、数額について判断する。

(一)  隆夫の治療費等について

隆夫が本件事故により蒙つた傷害の応急措置等につき治療費等一万九、四六〇円を要したことは、当事者間に争いがない。

(二)  隆夫の死亡による得べかりし利益の喪失額について

〔証拠略〕によれば、隆夫は、本件事故による死亡当時二九才の健康な男子であり、昭和四二年一月一二日以降昭和運輸株式会社高崎営業所に勤務して収入を得ていたことが認められる。控訴人らは、隆夫の死亡による得べかりし利益の喪失額算定の基準たる同人の収入額として、昭和四六年度賃金センサスに基づき全産業における二八才相当の男子労働者の平均給与月額および年間賞与その他の特別給与額を掲げているが、右のように得べかりし利益の喪失額を算定するには、死亡当時の実収入額が明らかな場合はこれを基準とすべく、右のように全労働者の平均給与額を基準とすべきでないと解するのを相当とするところ(したがつて、控訴人の右主張が時機に後れた攻撃方法であつて許されない旨の抗弁は、判断する必要がない。)、隆夫の実収入額が右平均給与額以上であることを認めるべき証拠がなく、かえつて〔証拠略〕によれば、本件事故による死亡直前の前記営業所からの実収入額は、一か月五万五、二四三円(昭和四四年一月から同年一一月までの一一か月分六〇万七、六七四円)であつたことが認められる。そこで、右金額のうち隆夫の生活費分として三〇%を控除し、今後の稼働年数を六〇才まで三一年として、その間に得べかりし金額につき月別累計によるホフマン式計算法によつて民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時における現価を算出すると、八六七万五、九五四円となることが明らかである。

(三)  控訴人タカ子の支出した葬儀費用について

控訴人タカ子が隆夫の葬儀費用として二〇万円を支出したことは、弁論の全趣旨によつて認めることができる。

(四)  控訴人らの慰藉料について

〔証拠略〕によれば、同控訴人は、本件事故により夫隆夫を失ない、爾後当時一才に満たなかつた控訴人泉を抱え、実兄の援助を受けつつ、会社づとめをして生活をしていることが認められるのであり、その他本件にあらわれた諸事情をも斟酌すると、本件についての慰藉料額は、控訴人タカ子につき二五〇万円、控訴人泉につき二〇〇万円とするのを相当と認める。

(五)  過失相殺について、

前記二に認定したところによれば、隆夫としても、本件事故現場付近において加害車両とガードレールとの間を時速約四〇キロメートルで被害車両を加害車両と並進させることは危険であり、減速してガードレールぎわに寄つて進行するか、または加害車両を先行させてこれに追尾して進行すれば、事故の発生を避け得たものと考えられるのに、このような措置に出でなかつた点において、過失あるを免れないものというべく、その過失の割合は、被控訴人五、隆夫五と認めるのが相当である。それゆえ、控訴人らの被控訴人に対する損害賠償債権額は、控訴人タカ子につき、(1)、前記(一)および(二)の隆夫の損害の二分の一である四三四万七、七〇七円に対する同控訴人の相続分三分の一にあたる一四四万九、二三五円、(2)前記(三)の葬儀費用二〇万円の二分の一にあたる一〇万円、(3)前記(四)の慰藉料額の二分の一にあたる一二五万円の合計二七九万九、二三五円となり、控訴人泉につき、(1)前記(一)および(二)の隆夫の損害の二分の一である四三四万七、七〇七円に対する同控訴人の相続分三分の二にあたる二八九万八、四七〇円、(2)、前記(四)の慰藉料額の二分の一にあたる一〇〇万円の合計三八九万八、四七〇円となる。

(六)  損害の填補について

控訴人らが本件事故につき自動車損害賠償保障法による保険金五〇〇万円を受領したほか、被控訴人から見舞金として五万円を受領したことは、当事者間に争いのないところであり、右合計五〇五万円を控訴人らの前記損害賠償債権額に対しその割合に従つて按分充当すると、被控訴人に対し、控訴人タカ子はなお六八万八、六四一円(前記二七九万九、二三五円から二一一万〇、五九四円を控除したもの)、控訴人泉はなお九五万九、〇六四円(前記三八九万八、四七〇円から二九三万九、四〇六円を控除したもの)の損害賠償債権を有することになる。

(七)  弁護士費用について

原審における控訴人兼控訴人泉法定代理人戸森タカ子本人尋問の結果によれば、控訴人らは、被控訴人から前記損害の賠償を得られないため、控訴人ら代理人弁護士らに本件訴訟を委任し、手数料として請求額の一〇%相当額を支払うことを約したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、本件事故の態様、本件訴訟の経過、認容額その他本件にあらわれた諸事情を考慮すれば、控訴人タカ子につき六万円、同泉につき九万円とするのが相当である。

四  よつて、被控訴人は、控訴人タカ子に対し七四万八、六四一円および弁護士費用を控除した内金六八万八、六四一円に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四五年一〇月二八日から右支払いずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、控訴人泉に対し一〇四万九、〇六四円および弁護士費用を控除した内金九五万九、〇六四円に対する前記昭和四五年一〇月二八日から右支払いずみにいたるまで前記同率の年五分の割合による遅延損害金の支払いをなすべき義務があるものというべく、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対して右義務の履行を求める限度において、理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は失当であるから、これを棄却すべきであり、右と異なり本訴請求を棄却した原判決は、一部失当であるから、民訴法三八六条、第三八四条一項に従い、主文第一項のとおり原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、九五条、八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 園部秀信 森綱郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例